逆転スペクトル

元ニートでナヨナヨな一児の父が綴る、由なし事。

飛ばないほうきは、ただのほうきだ。

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3歳にして「ルージュの伝言」をフルコーラス歌いきれるようになってしまうほど「魔女の宅急便」が大好きな娘は、キキの様に魔法のほうきで空を飛ぶことを夢見ている。

その「ほうき熱」は、自宅の浴槽のふち、ベッドに横たわる父の脚、果ては公園の庭の通行規制用ロープなど、少しでもほうきに見立てて股がれそうな部分を見出せれば果敢にライドして「浮気なー恋を早くーあきーらめない限りー」などと歌いだすレベル。

保育園でも友達を巻き込んで、板状に積んだ積み木などの上に股がる「キキごっこ」を先導していたようで、保育士さんにキキごっこ用ほうきを新聞紙等で手作りしてもらう世話をかけるまでヒートアップしていたようだ。

そんな娘の空飛ぶほうき熱の強度に打たれた私と妻は、彼女の4歳の誕生日プレゼントとして、思う存分キキごっこに勤しめるよう本物の掃除用竹ほうきを贈ることを考え、さりげなく娘にリサーチをかけてみることに。

しかしそこで娘から返ってきたのは、

「飛べないほうきなら、いらない」

という、少し意外で興味深い意思表示だった。

「この世には魔法が満ちていて、空を飛べるほうきも実在する」という子どもらしいロマンチックな思い込みのもとでの、「自分の求める機能を果たさないモノに価値はない」という大人顔負けの冷静でプラグマティックな判断。

そういえば娘は、保育士さんに作ってもらった新聞紙のほうきを家に持ち帰る際、保育園の外に出るや否や勇んでほうきに股がったその数秒後、

「飛べない……」

と、悲壮感溢れる声を絞り出して嘆いていた。
「あの時のような失望は味わいたくない」という思いが、娘をかの非現実的な合理的判断へと導いたのだろうか。

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しかし我が娘ながら、熱に浮かされている中でも、自分の心の中の「本当にやりたい事」をちゃんと捕捉し、簡単に手に入る代替物でお茶を濁すのではなく、その実現のために必要なものは何なのかを見極めようとしたのは素晴らしい。

それに比べて毎日妥協してばかりのナヨナヨパパは恥ずかしい限りなので、明日の朝はママから電話でしかってもらうよ My daughter!